【自己紹介】ブログを始めるに至るまでの泥沼の軌跡
21年間の自分史を噓偽りなくまとめました。本当に恥の多い人生を送ってきました。
目次
1.自分史
小学校時代
勉強も運動も平凡で、忘れ物の多い問題児だったと思います。遊んでばかりいました。
・3年生の授業にてクラスメイトと大きな地図を教室一杯に広げようとしたとき、なかなか床に落ちないため、みんなが困っていた。私がそれを解決するため地図を叩き付けたら、地図が破れてしまい、先生に怒られた。このような自分の不器用さゆえに空回りしてしまう経験は何度もあった。
・4年生のとき、授業で書いた詩が表彰される。「他人の記憶に残るようなアイディアを生み出し続ける」という自分のありたい姿の原点。
中学校時代
・テニス部で最初は選手だったが、途中から戦力外となる。
・3年間を通じて、好きな人が4人できる。(0勝2敗2不戦敗)
・人気者になりたいがゆえに、人気者のまねをなりふり構わずする。人気者が部活をサボろうといったらサボるし、あの人調子のってないか?潰そう、と言われれば容赦なくいじめてたりした。
・そんなこともあってか、中2では部活から、中3ではクラスメイトからイジメを受ける。自分のやってきた数多くの罪過に襲われ、自己嫌悪に陥る。
・中学2年後半から、勉強するようになる。成績が学年1伸びた生徒となるも、第一志望校に落ちる。受験が全てだったこともあり、絶望するものの担任の先生から「悔しさをバネにして、大学受験頑張れば良い」と励まされ、次こそは!と決意を固める。
高校時代
中学校時代と類似点が多い。唯一の相違点はハッピーエンドを迎えられたことくらいである。
・テニス部に入る。最初は選手だったが、途中からベンチを温めるようになり、高2の夏に退部。
・3年間通じて、好きな人が4人できる。(0勝1敗3不戦敗)
・退部後、受験生の鬼と化しすべてを勉強に捧げる。結果第一志望に合格し感極まる。努力が報われた最初で最後の瞬間である。
・親友が1人できた。
大学時代~現在(2020.9.21)
・現在に至るまで、やりたいことがコロコロ変わる。
・塾講師のバイトを始めるも、途中で自己嫌悪に陥り辞める。
・入学時に「無我夢中で楽しく1つのことに打ち込み続ける」本気人に出会う。ありたい姿のきっかけを与えてもらった。
・交換留学を目指して、英語の勉強をする。その間香港とフィンランドに短期留学する。結局スコアを獲得できず、大学2年生の時、断念。(と同時期に親友が1人できる)
・3年生のとき、第一次鬱期が始まる(4ヶ月間)。人との接触を極度に恐れ漫画やアニメ、小説に耽けたり、安定を求めて公務員試験の勉強をしたりした。
・環境汚染問題に関心を抱き、セルビアまで海外インターンしたり、その分野の研究室に配属したりするも、何か違うという何とも言えない結論に至る。
・不意に生物としての劣等感に襲われ、マッチングアプリに手を染める。3か月続けた末、「欲しいのは恋人ではなく、話し相手なんだな」という結論に至り、退会。
・国際関係に関心があるのかそれとも単に海外で働きたいだけなのかを見極めるため、国内の国際機関でインターンする。(良い人たちだった)
・3年生の終わりから、モノづくりに携わりたいとのたまいだす。他大学の大学院の受験を目指すも、指導教員にそこに行って何をしたいか、本当にそれがやりたいことなのかと聞かれ、答えられず。やりたいことが分からなくなる。
・第二次鬱期が始まる(今年の4月〜8月)。将来に対する底なしの不安、社会との断絶。繰り返すだけの時間の中に取り残され過去の人になった気分になる。それを紛らわすように漫画、アニメ、小説に耽ける。
・大学院の面接で「言っていることが業務的で大学院で何をしたいのか分からない」と看破される。結局、今いる研究室に命拾いされる。
・自己分析を繰り返した結果、「他人の記憶に残るようなアイディアを生み出し続ける」という自分のありたい姿を見つける。
そして現在、このままではダメだと思い、ありたい姿を実現するためブログを始めました。
2.終わりに
ここには書ききれなかった生き恥も沢山ありますが、最近はそこもひっくるめて自分と向き合えるようになりました。まずは、飽き性克服を目指して1か月ブログを継続したいと思います。ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。
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